横綱(十五)
  雷 電 の 謎・横 綱 の「制 度 化」
 横綱の「起源」の話は片づいたが、谷風・小野川の次、阿武松の免許まで30年余り司家による横綱免許はなく、 のみならず、その間剛力士がいなかったというのなら兎も角、陣幕が「無類力士」としてまで横綱力士碑に名を刻ませた「史上最強力士」大関雷電為右衛門がいたにもかかわらず、 横綱免許はとうとうなかった、という大問題がある。その雷電に横綱の沙汰がなかった理由としては、様々な説が出されてきた。
結局決め手を欠く。能見正比古氏の考え方はこうだ−横綱免許は谷風・小野川の時限りのものとして構想されたものであり(19世追風在世中に横綱免許を受けたのは谷風・小野川のみ)、 雷電が横綱免許を受けていないのは寧ろ当然、逆に文政11年にもなって横綱免許を復活させた事情の方が注目されるべきだ−。 谷風・小野川の横綱効果によって相撲は隆盛、これに目をつけたのが京都五條家であった。 当時は、朝廷権威復活の趨勢が萌しつつあった。京都五條家はお公家さま、その家柄を振りかざし「相撲の家」を名乗り始めたのは、五條為徳(文政 6年没)の時代と考えられる。 文化年間、木村庄之助が吉田司家との関係と同時に京都五條家との関係を肩書として名乗ることがあった。 記述の如く文政年間には力士・行司が五條家から絵符帳面の発行を受けた(※2)。 この通り相撲界の方から五條家に近づいた。すると五條家(為徳死して為定の代)は、長く陽の目を見なかった「横綱」に目をつけた。 相撲界側が五條家の権威を利用しようとする動きに合わせ、五條家の側も権威を我が手に収めようという動きに出たものと考えられる。 文政 6年 8月、京都勧進大相撲興行に合わせ、大関柏戸利助・同じく大関玉垣額之助に五條家からの横綱免許があった。 しかしながら、柏戸は興行に不参加(司家に遠慮したものと推測されている)、玉垣の方も横綱を締めることなく(柏戸に遠慮したものと想像されている)、綱は木戸脇に飾られたまま、 さらに翌年玉垣は現役没、柏戸はショックを受けたものか急衰して引退、これで横綱免許は有耶無耶となった。 しかし、これを伝え聞いた20世追風(19世追風は文政元年没)はうかうかしてはおれまいと、文政10年 7月、細川家江戸留守居方を通じて町奉行に、 従来の例に倣って相撲の礼法を維持するため、相撲に対する指揮権を公儀より改めて確認されたい旨、願い出た。 認められて 8月に追風は、江戸相撲方取締を仰せつかり、11年正月、江戸年寄一同が揃って吉田司家門弟となり、 2月に追風は阿武松に横綱を免許した。 五條家の動きに対し、吉田司家も指揮権再確保のため動きを強めた。対して五條家、「当家の家来であるはずの阿武松が、誰の許しで紫化粧廻しと横綱を締めているのか」と物言いをつける。 大坂に下っていた横綱免許大関阿武松、取り急ぎ大阪相撲頭取につき添われて京都に向かい、五條家に取り敢えず詫びを入れた(「何等の儀かは存じ奉らず候へども何分宜しく申し上げ候段願い奉り候」)。 7月、今度は五條家、稲妻に横綱免許の沙汰。伝によれば、五條家はさらに横綱小野川の嗣子に、司家から授与された横綱免許書類一式の買い取りを申し出て断られたという。 兎も角、片や吉田司家、此方京都五條家、この両家が横綱免許権をめぐって火花を散らすようになった。 司家は、江戸相撲方取締を仰せつかったことをダシに、文政12年 2月、京都町奉行にこの趣旨の確認を求め、 また主家(熊本細川家)から五條家に書状を差し向け、他所からの横綱免許があれば本来差し止めるべきところであるが、五條家は相撲についてそれなりの由緒のある家柄であるから、一応事情を伺いたい、返答によっては公儀にて問題とする、と伝えた。 五條家としては大大名の細川家を相手に廻しては手に負えず、結局「紫化粧廻并に注連縄等の儀、久しく仕来られ候通にてしかるべく候」という返答、司家の免許権を認め、五條家からは横綱免許を出さないという一札を入れて無条件降伏。 吉田司家の勝利でこの争いは終わった。これにより、「吉田司家による横綱免許」が制度として定着、稲妻への「正式免許」は文政13年 9月に授与された。 19世追風がその時限りのものとして考案したと考えられる「横綱」は、五條為定が再発見、「相撲の司」争いを経て、勝者となった20世追風によって制度として成立した。
(※1)「雷電日記」の一である「諸国相撲和(扣)帳」には何の記述もない。
(※2)「(前略)右之通免状所持仕、庄之助職業に付ては吉田より差配請、古来より帯刀致来候得共身分之儀は町方御支配を請候者に有之旅行之節は相撲御由緒有之京都五條様より御絵符頂戴致し来候(後略)」(「相撲行司家伝」・ 9代目庄之助の申し立て)

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坪田 敦緒 / tsubota@ep.sci.hokudai.ac.jp
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